国立新美術館のロゴやSMAP、ユニクロNY店のディレクションから明治学院大学との仕事まで、ジャンルを選ばず日本のクリエイティヴシーンに常に新しい風を送り続けているアートディレクター佐藤可士和。そんな彼が、KENZO perfumsのクリエイティヴディレクターであるパトリック・グエージとコラボレーションして、東京の闇夜をモチーフに全く新しいメンズフレグランスを誕生させた。賑やかに明滅するネオンの街と、無言で通り過ぎる人並みと喧噪。夜の東京の光り輝く情景を見て、佐藤可士和はいったい何を感じたのだろうか。
text by Daisuke Nishimura Photo by Lorenzo Barassi
パトリック・グエージという秀逸なクリエイティヴディレクターと、佐藤可士和という才能溢れるアートディレクターとのコラボレーションで今回のTOKYO BY KENZO は産み出されました。どういうプロセスでインスピレーションが形になったのですか?
ボトルの形は以前からあるものを使うという方針だったから、その形に定着したイメージと今回作るイメージがダブらないように注意しました。むしろあれをキャンバスだと考え自由にクリエイトする方がいいかなと思いました。パトリックから予めコンセプトの提案がありましたので、それをどうやってビジュアルに落とし込むかが重要でしたね。僕は東京でやっているクリエイターだから、まさしく「TOKYO BY KENZO」というキャッチの通りですよね。だから、僕なりにパトリックのイメージに忠実にやろうと思いました。
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ボトルの色を黒に選ばれたのは?
パトリックのコンセプトの中に「光」というものがありました。それを表現する為に、必然的に「夜」つまり「黒」を選びました。
パトリック氏のコンセプトにもありますが、都市の中の緑というものについてはどう考えますか?
あらためて東京って以外に緑が多いですよね。僕は東京生まれの東京育ちだったので、それに全然気がつかなかったんです。以前大阪に転勤した時に、東京って緑が一杯あったんだなって実感しました。こうやってインタビューしている帝国ホテルの周りにだって、緑は一杯ある。東京は自然と共存出来ている場所ですね。
お生まれはどちらですか?
石神井公園です。
石神井公園ですか。この前通ったんですけど、都会とローカルが共存してますよね。
そうです。石神井公園は東京ローカルです(笑)。超ローカル。
いつまで住んでいましたか?
大学は多摩美術大学だったから八王子に下宿していたこともあれば実家との間を行き来していたこともありましたね。それから博報堂に就職した後はすぐに大阪に転勤になりました。最初の三年半ぐらいは大阪に住んでたんですけど、また戻ってきた後は一年半ぐらいは石神井に住んでいました。それこそ、ものすごい緑が一杯ある場所ですよ。
若い頃に影響を受けた存在はいましたか?
ミュージシャンだったら、セックス・ピストルズかな。あとは、美術を勉強し始めてからは、ウォーホルとかピカソとか、ミケランジェロとか。
大物が好きなんですか。
大物というか、時代の流れを作った人ですね。作風云々ではなくて、流れを作ったかどうか。ある流れがあってそれを洗練させていく人たちじゃなくて、荒削りでも良いから時代の価値を変えたような人たち。例えばピストルズって完成度とは関係なく音楽の流れを変えたし、ピカソやミケランジェロはもちろん完成度も凄いんだけどそれだけじゃない。ミケランジェロの彫刻って、当時の彫刻を一気にルーブル美術館とかで見れば、ミケランジェロの作品だって知らなくてもすぐに気がつくでしょ。あ、ミケランジェロだ!って。ピカソにしても、多くの作家が一生かけて印象派などある考え方を追求していくのに対して、年おきぐらいのペースで次々と新しい流れを生み出していく。結局そういうものが王道になっていくんだと思うんですけど、そのもとを作った人たちには影響を受けましたね。
佐藤さんが最初に「僕も道をつくっているんだ」って強く感じた瞬間とはいつ頃でしょうか?
5年目ぐらいの頃のステップワゴンですね。僕が最初にやった仕事は、大阪でのLOFTの仕事。梅田に初めてLOFTが出来て、その立ち上げから関わったんです。入社一年目で、アートディレクターとして仕事をやらせてもらえるのは、異例のスピードでしたね。それから広告の賞を受賞するなど、今思うとよくまかせてくれたなってものばかりをどんどんやっていきましたね。でも本当の意味での広告のディレクションってすごい難しいことだから、できるわけもなくて。当たったり外れたりを繰り返してたけど、それがなんで当たったのか分かっていなかった。自分では前回やったものと今回やったものとで手を抜いているわけではなく、クオリティに差がないはずなのに、評価されるものとされないものとが別れてくる。それがさっぱり分からなかった。
今はどうなんですか?
今はもちろん、分かってないとやれないですから。10年ぐらい前ぐらい前にステップワゴンをやった時、「あ、分かった」って気がついたんです。自転車が乗れるようになった瞬間の様なものでしたね。それまでは乗れるといっても、転んじゃったりもしたんだけど、完全に理解出来てきました。
そのコツをひとつ教えて下さい。
それまでは僕は「僕の作品」を作っていたんですよ。当たり前のことだったんだけど、ステップワゴンからは「僕の作品じゃないんだ、ホンダの作品だよな」って気付きました。自分で作っていく作業だから頭では分かっていても体には染み込んでいなくって、入れ込めば入れ込むほど自分の作品と思えてしまう。でも適当にやったり自分の作品だって思えないと人の心は動かせないんだけどね、そこをクールにコントロール出来なくて。ステップワゴンの時は、すごく冷静に僕のじゃなくてホンダの作品だけど、でも自分の仕事だと思ってものすごく熱を入れてやれたってかんじかな。初めて周りが冷静に見れたというか。それが、ちゃんと自転車に乗れた瞬間でしたね。車もミニバンの中のナンバーワンになったりして、自分が考えたことがずばりヒットしたんですよ。後はその精度をどうあげていくか。例えばイチローだって打率三割強だけど、それをもっと10割に近くなるような努力をすればいいんだなって思いました。三振は絶対ありえない。
今回のKENZOの様な、クライアントがファッション関係の場合は何かが違うのでしょうか?
一緒です。そこが僕の特殊なところなのかもしれませんね。幼稚園でも、SMAPでも、KENZOでも、ユニクロでも一緒なんですよ。今は病院全体のブランディングとかもやってます。ミュージシャンでも香水でも病院だろうが、僕は全て並列に考えています。それが良いんだと思いますよ。
学校の場合、フィードバックはどうやって返ってくるんですか?
学校はダイレクトですよ。受験者数がハッキリ増える。僕が明治学院大学の仕事をはじめてから、びっくりするぐらい増えました。例えばウェブサイトをきちんと構築すると、私立大学ウェブサイトユーザービリティランキングで、ランク外だったのがいきなり4位になっちゃった(笑)。今幼稚園プロジェクトも3年ぐらいかけて完成したんですが、来年度の園児を募集し始めたらたった2日で定員締め切りになっちゃった。もの凄い効果がありますよね。
ダイレクトに効果が出るのだとしたら、使い方次第で好ましくない効果を出してしまうということもありえますよね?
そこはクリエイターがモラルを持っているかどうかですね。僕は大学にしても幼稚園にしても、それを変えようと思ってやっているわけじゃない。ブランディングという仕事はいい所を延ばすということで、最悪なのは、もともとその人らしくないことを押し付けて、舞い上がっちゃうパターン。それが外れたことをやっている広告やキャペーンはうまくいかないですよ。でもそういうものは多いですよね。冷静に見て「こんなことしなくてもいいのにな」って思うことがありますね。ある瞬間に効果が出てればそれでも良いってクライアントが思ってるんなら良いけど、僕はアートディレクターとはお医者さんみたいな仕事だと思っているから。ものすごく強い劇薬を使えば治るけど、その分体に強いダメージを与えることになる。僕は、そういうのはあまり良いとは思っていない。
今はクリエイティブディレクターの立場で仕事をされることが多いですが、一緒に仕事をされて面白い人はいましたか?
色々いますよ。パトリック・グエージや中村勇吾さん、片山さんとか。サッカーのチームに例えると、僕は監督兼キャプテンだと思う。優秀なクリエイターという存在は、僕からパンっとパスを出すとバシッと入れちゃいますから(笑)。
メディアの可能性みたいなものは?
もちろん興味はあるけど、ウェブ以降、新しいメディアなんてそんなに出てきてないじゃない。インターネットが何十年かぶりに現れた新しいメディアだったと思うよ。あとは携帯サイトぐらいかな。リアルなもので言うと大体もう出尽くしていると思います。バーチャルでも出尽くしちゃってるし。
人間のカラダの最初に出来る器官というのがオルファクトリ−バルブ(嗅覚)なのだそうですが、もしかしたら最も優れたメディアの可能性は嗅覚にあるのかもしれませんね?
そういうことはあるかもしれないけど、何かメディアになるためには技術的な革新とかが必要ですよね。だから、メディアの場合にはそういった技術上の問題が大きいですね。
最後に、今後の方向性を教えてください。
僕がやっていることははっきりしていて、デザインしかやっていない。そしてこの先もずっとそうだと思います。プロダクトからグラフィックから空間から、ジャンルの抵抗感みたいなものはほとんどない。今回のKENZOの仕事で初めてフランスの企業と仕事をしたわけですし、自分でも常に新しいものを見てみたいと思っていますから。